

僕が今、気に入っているナイフはZWILLINGのTWIN Cermax MD67。
赤いラインの入ったハンドルのナイフはかっこいいし、とてもスタイリッシュ。
どこに持っていっても『これどこの?』と声をかけられ人気者になれるし、色、デザイン、機能性どれをとってもパーフェクト。
ZWILLINGはイタリアでも人気が高く、僕は14歳で料理学校に入った時から使っていて、長いつきあいで毎日使っているけど、間違いのない素晴らしいナイフだと思っている。
プロフィール
イタリア・トスカーナ地方出身。イタリア、フランスの3つ星レストランでの経験を経て、1987年に初来日。
アメリカ・ロサンジェルスや東京をはじめ、多くの有名レストランで総料理長を勤める。
現在、西麻布"マリオ・イ・センティエリ"のオーナーシェフ。現在、TV・雑誌など多方面で活躍中。
ある「片づけ本」を読んで、私の私物を多く片づけました。その中に、「爪切りがあったのも、例外ではありません。
今まで、所詮は爪切り。どれでも同じ、という想いがありました。でも、意識を切り替えるだけで、見方がかわるもんです。
某ネットショップで、Zwilling TWIN Boxネイルクリッパーに一目惚れ。
これだっ!と思い、生まれて初めてブランド爪切りを購入しました。ユニークなデザインといい、斬新なヤスリなどの機能性といい。本当に奇麗に、爪が手入れ出来たので、心までスッキリしました。
今までに無い、新しい出会いに感動しています。たった、爪切り1つで、人生観って変わるもんなんですね。ロゴも可愛いですし、毎日手に取っては、その手触りや感触を楽しんでいます。末永く、可愛い相棒を大切に使って行きたいと思います。
爪を切るには、当然爪切りと決まっているのだが、国内メーカのはすぐに切れなくなり、そのたびに靴下の先に穴があくことが多かった。
市内の文房具屋で人形ロゴマークが新鮮でおもしろく、またドイツの精巧さを考慮して購入したのが始まりでした。
親指の端もきれいに切れ、その耐久力はすばらしく、自分の願いにかなうものとなりました。
それ以来、毛抜きや鋏、料理バサミと包丁とそろい始めて、包丁は出刃包丁以外はZWILLINGばかりが揃うことになりました。
あれは30年前のことだったろうか。初めてのバイト先はこじまんりとした高級店まで届かないが、そこそこのレベルのステーキ屋。炭火で肉を直火で焼くというのが売りの店だった。
そこの料理長はへたなジョークを連発する人だったから、ウェーターで働いていた僕は、店が暇になると厨房にいっては、これまたへたなジョークの掛け合いをするのがバイトの楽しみであった。厨房の奥から料理長のジョークに似た会話が聞こえてくると手際よくテーブルをかた付け、そそくさと厨房にいってはジョークまじりにお客のようすを彼に伝えたるのが最初のバイト先の楽しみだった。
そのうち厨房に入る楽しみは料理長との会話だけではないことに気づき始めた。それは無口な副料理長がいつも大事そうに肉のブロックにあてている太刀のような牛刀。その鮮やかな切り方。そして、僕たちが、コッチンと呼んでいる今年入社したばかりのコッチンが操る野菜切りのナイフの扱い方。料理に関心の無かった学生の僕が、プロと呼ばれる人たちのナイフの操り方を目のあたりにして、次第に興味と関心が向った。
そういうことで、支度中のディナー開始時間前までは、厨房で彼らの操る包丁さばきを見るため、そこにいるのが楽しみだった。本当は、食器類を磨く仕事をしなければいけなかったが。。。
コッチンは野菜を切るときは1本だけ切るということはなかった。必ず複数本まとめて切る。ある日興味深いことがあった。それはどうしてもきゅうり1本しか切る必要がなかったことがあった。もう閉店に近い時間だから、2本切れば使わない1本の鮮度が落ちる。ぼくはこれはさすがに1本で切るしかないだろうと観察していた。包丁にあたる面はいつもの支度中は5~7本まとめてスライス、今は1本になるだろうと思って。コッチンはきゅうりを1本白い大きなまな板に乗せると、なんと不敵にも1本を3等分の大きに切ったあと、それらを重ねて切り口を3本分にしてから目にも止まらぬ速さと、トントットトトとまな板からの音を発してあっという間にスライスしてしまった。料理番組の先生のように1本のそれを上品に切るしかないと思っていた僕は完敗した気分だった。そんなこんなで料理の楽しみを始めて感じたのは、包丁や料理道具の使い方だった。ナイフを持つ事が調理の楽しみだと何となく感じた。
その後、料理とは関係のない会社に就職し、結婚してからは調理とは縁の無いところで何十年かサラリーマンとしてすごした。それがある日、料理せざるおえない日が突然あらわれた。突然の転勤の話だった。小学校入学したての娘の事、買ったばかりのマンションのことなどを考えるとしばらくは単身赴任せざるおえなっかた。すぐに赴任せよという会社の意向にそって、取る物も取り合えずといった形で単身赴任した。
取り合えず僕一人の荷物があとから、申訳なさそうに届いた。一人分の荷物はこじんまりしていた。なべや箸・茶碗が淋しそうにはいっていた。包丁は入ってなかった。妻からの手紙には、今ある包丁はもう切れ味が悪くなってきているから新しいものを購入してください。と。
会社が早く引けた日に駅前のデパートに行った。もちろん包丁を買うためだ。ずいぶんいろいろな種類の包丁があった。それらを見ているとコッチンの包丁さばきや、副料理長の牛刀を思い出した。副料理長がいつも大事そうに無口に使っていたのは、こんなマークが付いていたのじゃなかったか、それは仲良し二人組のマークだった。そうこれ、太刀のような牛刀を大事そうに骨に食い込ませないように慎重に包丁をさばいていた副料理長の姿がよみがえる。さっそくZWILLINGの牛刀とペティナイフを新しく借りた部屋のキッチンに置いた。それが単身赴任で自炊する初めての日となった。そして自炊最初の料理メニューはきゅうりのスライス。1本のきゅうりを三等分して断面を3つにして、スパスパとペティナイフで軽々切った。そんな自炊も数ヶ月で終りを告げた。家族が遅れてやってきた。僕が購入した牛刀はずいぶん大きいものだった。妻の手には大きすぎた。そんなわけで女性にも扱いやすい大きさの牛刀を買った。これでZWILLINGは3本になった。
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思い起こせばZWILLING J.A.HENCKELSとの付き合いは長い。
子供のころ母親が切ってくれた爪切りにはこの独特のマークが入っていた。
爪切りだけでなく包丁、ハサミなどこのマークが入った刃物がたくさんあった記憶がよみがえる。理由を聞いたことはないがきっと彼女はこれが好きだったのだろう。
ふとしたきっかけでこのブランドが280年も続いていることを知る。
なるほど、良いものはずっと昔から不変なのだ。残念ながらしばらく前までボクの手元にはこのマークが入った刃物はなかった。
そして突然、彼女は何も言わず天に召されてしまった。
遺品の整理をしていてよみがえる記憶。訊いておけばよかったなぁ。この280年続くブランドが好きだったのか、そしてどんな出会いだったのか。そんなボクもこれからこのブランドとの長い付き合いが始まる予感がする。

母が料理上手のせいか、子供の頃から母を手伝って料理をするのが好きでした。
食いしん坊だったせいもあるのですが、家では普通作らないような餃子を皮から作ったり、ベーグル、クレープを焼いたり、パエリアを作ったり、とにかく料理は実験のようで、お店ででてくるような料理が自分で作れると思うとワクワクしたものでした。
そんなわけで、大人になって彼ができて、初めて彼の家で料理を作ることになったときも、かなりの自信がありました。
ところが、カレーを作ることになり、玉ねぎをみじん切りにし始めたとき、彼が「ええと、僕が切ろうか?」と言ってきたのです。実は私は料理の味付けなどは得意なのですが、不器用なので包丁で材料を切るのが苦手です。見かねた彼が、包丁をとりあげて切り始めました。するとそれが上手なのです。
なんでも、学生時代、一人暮らしをしていて、しかも喫茶店でバイトしていたので、料理はよくしていたし、切るのは好きだから、とのことでした。正直、ちょっとがっかりしたのですが、彼が料理が好きということがうれしかったです。
そして、作ったカレーを食べ終えたとき、「せっかくだから、これから料理をいろいろ作ってもらうためにも、よい包丁を買おうか!」と言ってくれました。
そのときに買ったのが、ZWILLINGの包丁です。その彼と結婚し、その時の包丁は、大切に使っているので、今でもとてもよく切れます。練習したせいか、少し切るのもうまくなり、料理の上達の秘訣は、よい包丁をもつことだな、と改めて思っています。